Chapter11:「接点」
「ミスター園部、無駄足だったな・・・」 揉み上げに白髪の混じった中年の刑事が、車の後部座席に座っている体重140キロの巨漢の男に話しかけた。 彼は巡査の頃から、迷宮入りしかかった怪事件を連続で解決した、という実績があった。特に前回の転勤前の 「寺田さん、収穫はあったよ。おそらく、あの春原透という男は何かを隠している・・・・」 園部が正十二面体のルービックキューブをカチャカチャ回す度に、腹部の圧迫された脂肪が小刻みに震えていた。 彼らはその日、春原の職場で、水沢玲於奈が起こした騒動について2回目の事情聴取を行っていた。その帰りの車 「俺の目から見ても、あいつらの目撃証言は不自然だ。若干10歳の子供が、病院に出入りしていた業者の車を盗み、 「彼女は至ってノーマルな子供だよ。病院で見せてもらったカルテは改ざんされている。彼女の周囲にいる大人たち 「ミスター、あんたの捜査方法にケチをつけるつもりは無いんだが、俺には今回の騒動と遺体遺棄事件の接点がよく 園部は、完成したルービックキューブの目をバラバラな状態に戻し、溜息をついた。 「今のところ、全く分かりません・・・・今回の事件は一筋縄では行かないでしょう。どういう訳か警察内部にも、この事件 ******************************************************************************************************** 「アップルパイ、また焼きましょうか?」 稲森妙子は、春原の為に焼いたパイを、ハーフの巨漢の刑事が一人で平らげてしまった事に不満そうだった。 「いや、明日にしてくれ。あの刑事がまた来るって言ってたから・・・」 春原は職場の給湯室でコーヒーを入れながら、園部という刑事が残していった捜査資料のコピーを何度も見返していた。 セフィロト病院のアルバイトを解雇された妙子は、小椋出版で印刷前の版下制作をコンピュータで行うDTPオペレー 「その名簿みたいなもの・・・・」 台所で洗い物をしていた妙子が話しかけてきた。 「十全堂小学校の生徒の名前に◎印が付いているでしょう?・・・手書きの太い字で・・・・5年生の水沢玲於奈、森崎空、 「この印は前任の捜査本部長が書いたものらしい。つまり、これは今年のゴタゴタが起きる前に書かれたという事に 妙子は、いつまでも考え事をしている春原を後にして、誰もいない談話室の中で台詞の練習を始めた。 彼女は、昼間は舞台の稽古、日が暮れてから編集部でアルバイトをしていた。小椋出版の仕事はノルマさえこなせ コーヒーを飲みながら春原は、談話室から子供と遊んだり、諭すような妙子の声を聞いていた。その話し方は、とて ******************************************************************************************************** 翌日再び、食いしん坊の巨漢と堅気の職業に見えない仏頂面の刑事が、春原の事務所を訪れた。 「あなたに、見て欲しい物があるんです」 園部は談話室のソファーに腰を下ろすと、テーブルに置かれた焼き立てのパイには目もくれず、自分のリュックサックから 春原は言葉に詰まった。森崎空は、影の研究をしている怪しい少女ではあったが、播磨山の遺体遺棄事件には一切関 園部は、春原の怪訝な表情を見て、それを察したかのように作り笑顔で語り始めた。 「あなたは、よくご存知だと思いますが、森崎空は今年の1月29日に多摩地区にあるセフィロト病院のエントランスで交通 「何度も説明した筈だが、彼女は殺人事件などに関与はしていない!・・・十全堂小学校の生徒と裏山の事件を無理やり 「いや、そうじゃないんです・・・落ち着いて下さい」 園部は空の写真を見つめながら、いつものようにルービックキューブを取り出して、カラカラと回し始めた。 春原は、この玩具を持っている刑事の子供っぽい仕草が嫌いだった。 「春原さん、私が現在進めているのは犯人探しじゃなくて・・・いわゆる外堀を埋める作業なんです。事件を解決する為には 園部は正十二面体のルービックキューブの目を、1分間程度で揃えてしまった。 「僕もこの子たちは、去年の遺体遺棄事件の被疑者では無いと思ってます。この調査は言わば、捜査対象から外す為の 春原は園部の言っている事など信用していなかった。しばらく黙って様子を見ていたが、ようやくその重い口を開いた。 「・・・・・・彼女たちは幼馴染みで、5年ほど前に森崎の飼っていた犬を水沢が虐待したらしい。それ以来、不仲になって 「それは、本人から聞いた話ですか?」 「いや・・・森崎が事故に遭った時に、看病に来た彼女の祖母から聞いたんだ・・・当時は息子夫婦と離れて暮らしていたので、 「その件に関しては、先日、水沢の母親から話を聞く事が出来ました。あの犬は、森崎ではなく水沢家が飼っていたペットだっ 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「母親の話では、娘がおかしくなったのは、さらに幼い頃に起きた森崎家の事故がきっかけだったそうで・・・・」 「事故・・・・・?」 「森崎空の両親について、何かご存知でしょうか?」 「彼女が幼い頃に、JR中央線の踏切事故に遭って亡くなっている・・・・あれは線路に飛び出した娘を助けようとして起きた事故 園部は、当時の事故に関する書類をテーブルに並べたが、溜息をついて資料写真のコピーを引っ込めた。 「妊娠していた母親の身体から胎児が飛び出して死亡した、という何とも痛ましい事故でした。父親も彼女を助けようとして事故 「・・・・・・・・・!!」 「当時の救急隊員が、線路上で泣き叫ぶ水沢と、感情に蓋をしたように無言で立ち尽くしている森崎の姿を目撃しています」 春原は、資料写真の中にある森崎家の家族写真を見つめていた。そこには、これまで一度も見た事が無い幸せそうな笑顔を 談話室の中ではしばらく沈黙が続いた。園部は帰り支度をしながら独り言のように呟いた。 「確証が無いので無責任な事は言えませんが・・・僕は、これらの忌まわしい事件が、この頃から始まっているような気がするんで 「何ですか?・・・・・それは・・・・」 春原には、それが何であるか分かっていた。彼は、真相に踏み込んだ刑事の瞳孔を射抜くような鋭い眼差しを向けていた。 「実体の無い動物の『影』です。事件に巻き込まれた子供たちの多くが、この得体の知れない現象を目撃しているんです」
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