Chapter3:「影」
2010年6月29日(火曜日) ドスッ・・・・ 花壇の手入れをしていた水沢玲於奈(レオナ)が振り向くと、花が咲いたばかりのマリーゴールドを何本も 玲於奈は周りの気配に注意しながら、ゆっくりと校舎の壁から離れ、消火器の真上に位置する二階・三階の 「レオナーっ、城戸先生が呼んでるよー」 同じ美化係の篠美月の声が中央玄関の方から聞こえてきた。玲於奈は窓の影に向かって眉をしかめると 「下手糞・・・」 と呟いて、何事も無かったかのように校舎の中へ入って行った。 *********************************************************************************************** 玲於奈は10歳の誕生日に留学先のイギリスで焼身自殺を図ろうとしていた。 彼女は、学園の広大な敷地内にあるお気に入りの湖畔でガソリンを浴びて、全身火だるまになって死んでやろ ところが、誕生日の当日になって、女子寮に日本からの国際郵便が届いているという連絡が入った。 玲於奈には小包の贈り主が分かっていた。こんな物を送りつけてくるのは、幼なじみの森崎空以外に考えられ (のろいころしてやる) 手紙に書いてあったのはその一文だけだった。 いかにも小学生らしい下手糞な鉛筆文字を見て、7歳の玲於奈はその場で手紙を破り捨てた。玲於奈の両親 玲於奈は気に入らなかった。このタイミングで自殺を図るというのは、空の「呪い」が成就されるようなものだ。 玲於奈が「シニアに進級しないで、日本へ帰りたい」と両親に打ち明けたのは、その日の晩のことだった。 *********************************************************************************************** 「おい、水沢・・・・僕の話、聞いてる?」 白衣姿の5-Aクラスの副担任・城戸澄也が玲於奈の顔を覗き込んだ。 「あ・・・・すみません」 「このところ、三階の教室から備品が持ち出されて困ってるんだ・・・昨日も階段の影で見張っていたら、そこへ 「さあ・・・・・?」 玲於奈は副担任の調子に合わせて怪訝な顔をして見せた。 「君は海外に留学する前に、森崎の家の隣りに住んでいて、彼女とは幼なじみだったそうじゃないか・・・彼女 「森崎について知っていることがあったら何でもいい・・・教えてくれないか?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 城戸澄也は玲於奈が十全堂小学校に戻ってきた頃に赴任されてきた20代の新任教師だ。生徒を怒鳴りつ 「森崎空とは、小さい頃にケンカして、それ以来、口を利いてません」 「ケンカする前は仲良しだったんだよね?」 笑った目で城戸が食い下がった。 「それは・・・・・・・・・・」 玲於奈は、この教師の裏表の無い優しい笑顔が苦手だと思った。 「空の事は本人に聞いてもらえませんか?・・・現在の彼女が何を考えてるのか、私には見当がつかないので」 玲於奈は立ち上がって、足早に小会議室を出ていった。 *********************************************************************************************** 駅ビル「グリムタウン」は、ベビー用品からコンピューターゲームまで主に子供の購買層を対象にしたテナント スカイパークは立ち入り禁止になっていた。ビルのオーナーである篠正晴は、別れて暮らすようになった双子 フェンスの外側で駅前の大通りを眺めている篠日出子が振り向くと、同じクラスの水沢玲於奈が、ファースト (さっさと飛び降りなさいよ) 玲於奈は幼い頃に留学したせいか、日本に戻った時に日本語が話せず片言になっていた。その時に面倒を その二人が現在、分裂している。 美月はいつもと変わらない感じだったが、日出子は廃人のようになっていた。姉への依存度が高い障害児の妹 日出子はいつまで経っても飛び降りようとはしなかった。5分も経たないうちに、四つん這いになってガタガタ震え 呆れた玲於奈は、フェンスの壊れたフレームをくぐると日出子の隣に座って、彼女の頭を撫で始めた。玲於奈 (いざと言う時はこれを使うといいわ・・・・確実に死ねる筈だから) *********************************************************************************************** 夜になって、播磨山公園前のバス停を通り過ぎた玲於奈は、公園の茂みに隠れてこちらの様子を窺っている 「空・・・・・?」 玲於奈は生徒の立ち入りが禁止されている公園の奥へ入っていった。気が付くとそこは13体の子供の死体が 玲於奈がその場所を確認しようと歩き出した瞬間、突然視界を失った。 頭から袋のようなものを被らされて、彼女は後頭部を数回殴られた。その「袋」はセメントの匂いがした。暴漢は 「歩け・・・こっちだ・・・・」 と命令した。大人の男がヒソヒソ話す声が聞こえる。玲於奈は丘陵の斜面でわざとつまづいた振りをして転んだ。 「そこで何をしてる!」 「くそっ、城戸に見つかった・・・まずい・・・早く、車出せよ!」 玲於奈は車から歩道に突き飛ばされ転倒した。城戸は、けたたましいエンジン音を上げて立ち去る黒い大型バン 「大丈夫か・・・水沢」 「はい、先生・・・すみません、私・・・・・・痛っ・・・・」 玲於奈は立ち上がろうとしたが、すぐしゃがみ込んだ。どうやら転んだ時に車道と歩道の段差に向こう脛をぶつけた 「ほら、負ぶされ、水沢・・・その手錠も外してやる、とにかく一度学校へ戻ろう・・・」 「・・・・・・・・・・・・・」 「どうした、先生とくっつくのは恥ずかしいか?」 城戸は玲於奈を元気づけるように明るく笑い出した。玲於奈はかぶりを振ると、素直に城戸の背中に身を預けた。 *********************************************************************************************** 翌日、玲於奈はいつものように花壇の手入れをしていた。 結局二人は、公園の暴漢のことは警察に通報しなかった。十全堂小学校は遺体遺棄事件以来、マスコミの目に晒 玲於奈は自分の非を認め、学校の方針に従うことにした。城戸も通学路の巡回パトロールを徹底すれば、昨晩の 「あぁ・・クラスのみんなで植えたマリーゴールドがへし折られてるなぁ、誰だ?こんな悪質なイタズラをするのは・・・」 城戸が花壇に身をかがめた瞬間だった。「ドスッ・・・」と鈍い音を立てて、何かが彼の後頭部を直撃した。 玲於奈の足元に転がってきたのは、例の「消火器」だった。 玲於奈は、ゆっくりと校舎の壁から離れ、周囲を警戒し始めた。倒れていた副担任が立ち上がり、頭を押さえながら 校庭にいた篠美月が異変を感じて近付いて来た。 「いやあぁぁぁぁ、城戸先生ーーーっ!」 後頭部から血を噴出して倒れている教師の姿を見て悲鳴を上げると、彼女はその場で気を失った。その背後から 「携帯で救急車を呼んで!先生はまだ助かるわ」 玲於奈は「チッ」と舌打ちすると、携帯電話なんか持ってない、という素振りを見せて、歩きながら校庭を立ち去った。 空は血溜まりの中でいつまでも玲於奈の後姿を睨み続けていた。やがて、騒ぎを聞きつけた教職員が校庭に集まりだし、空はその場から引き離された。その時、空は三階の理科準備室の窓から、虚ろな目でこちらを覗いている それは、篠日出子だった。 Chapter4へつづく INDEXへ戻る |