Chapter4:「双子」
2010年6月17日(木曜日) (うぅ・・・気持ち悪い・・・) 双子の姉・篠美月が車道を避けるように歩いていた。 いつも姉と行動を共にしている日出子が、車道の中央を見ると、そこには動物の足が転がっていた。 日出子はその近くで、手書きの「燃えるゴミ」と書かれたビニール袋がモゾモゾ動いていることに (捨て犬よ。前にもあったわ・・・・袋に入れてわざと車道に置いたのよ) 美月は、今年になって保健所のペットの引き取りが有料になったことを説明した。日出子の視線は、 (酷い・・・美月、この子はどうなるの・・・・・・私たちで助けられない?) (駄目よ、家じゃ飼えないわ。ママは犬が苦手なこと、知ってるでしょう・・・) 日出子は仔犬の頭を撫でると、名残惜しそうに何度も振り返りながら、通学路に戻っていった。 *********************************************************************************************** 学校の裏側にある市立公園で13人の子供の遺体が発見されたのは、関東地方が梅雨に差し掛かった 二人は、今年の春から母親が付き合うようになった山際健司という男について話していた。 (ママは再婚するのかなぁ・・・) (私はあいつ嫌いよ・・・勝手に人の部屋に入ってくるし、お風呂に一緒に入ろうって誘ってくるのよ・・・・ (パパとは会えなくなるの?・・・私、苗字がヤマギワになっちゃうの嫌だな・・・・) (あーあ、ママは男を見る目が無いよ。どうせなら、あんな脂ぎった中年男じゃなくて、学校の城戸先生 (でも城戸先生は、ママと歳が離れ過ぎてるわ・・・美月が先生と結婚すればいいのよ) 日出子は美月が城戸澄也に「首ったけ」なことをよく知っていた。双子の姉は顔を真っ赤にして嬉しそうに妹 *********************************************************************************************** 今年の4月に赴任してきた教師・城戸澄也は、女子生徒の間で密かにファンクラブが結成されるほどの人 本格的に梅雨入りした翌日の放課後、日出子は三階の理科準備室で城戸を待っていた。彼女は、居残り そこへ、暗がりの中から、薄笑いを浮かべた城戸が姿を現した。 日出子は驚いて思わず目を瞑ってしまった。彼女は恐怖心を感じた時に目も耳も塞いでしまう癖があった。 恐る恐る目を開けると、目の前で穏やかな笑顔の教師が手話で話しかけてきた。 (誕生日、おめでとう!) 日出子に渡された柔らかい感触の正体は猫のぬいぐるみだった。 (家庭科の森先生に教わって僕が作ったんだよ。日出子は犬好きだと聞いてたけど、何度やり直しても猫に 日出子は安心して肩を落とすと、ポロポロと涙をこぼし始めた。 (あ・・・ごめんごめん、脅かすつもりは無かったんだ・・・) 城戸がハンカチを取り出し、臆病な生徒の涙を拭いた。日出子の視界が明けた時に、城戸は廊下の方を向 (大きな物音がしたから、誰かが廊下にいるのかと思ったけど・・・・・・消火器が倒れただけだったよ) と言いながら、日出子を慰めるように再び笑顔を見せた。 *********************************************************************************************** 日出子は帰宅すると、貰ったぬいぐるみを寝室のベッドの下に隠した。 彼女は城戸に対して恋愛感情は無かったが、特別扱いされていることに悪い気はしなかった。もしかしたら、 双子がお互いの誕生日を祝う夕食の支度を手伝っている時に、いつものように山際が現れた。あい変らず美 (私も、とっておきのプレゼントを用意したわ、日出子、絶対に喜ぶわよ) と、妹に目配せした。日出子は明るい美月の姿を見て、少し後ろめたい気持ちになっていた。 *********************************************************************************************** 就寝前に歯を磨いていた日出子は、山際が帰ってしまったことに気付いた。いつもなら、終電ギリギリまで 部屋に戻った日出子は、城戸のぬいぐるみが気になって、ベッドの下から取り出していた。犬とも猫とも言い難い その夜、日出子は布団の中で震えていた。 (美月がやったのかしら・・・・・・でも、証拠が無いし、例えあったとしてもそれを責めて嫌われるのは怖い・・・・ (美月は、冷たい素振りを見せる時があるけど、こんな陰湿なことはしないと思うわ・・・・夕食の時はあんなに 日出子は、姉が自分に対して悪意を向けていることを認めたくなかった。 (この事は誰にも相談出来ない・・・・) 自分さえ黙っていれば、これ以上傷つけられることは無いだろう、と彼女は信じていた。 *********************************************************************************************** 翌朝も雨だった。 日出子が目を覚ますと、机の上にマグカップが置いてあった。二人は携帯メールで内緒話をすることはあっ 「きのうの子犬をママに内緒で飼うことにしたの、先に行ってるから、見つからないようにミルクを持ってきて」 と書いてあり、その下に砂塚町の廃団地の位置を示す簡単な地図が書かれていた。日出子は嬉しかった。 砂塚町の廃団地は、通称「おばけ団地」と呼ばれていた。低所得層に斡旋された都営の住宅だったが、 (こんな雨の中、散歩にでも行ったのかなぁ・・・・) 日出子が磨りガラス越しに窓の外を覗いていると、背後に人の気配があることに気付いた。玄関には山際健 山際は逃げようとする日出子の足を掴み、ビジネスバッグから梱包用カートンテープを取り出した、慣れた (だ・・・誰か、助けて・・・・) 日出子は奇声を上げていた。それに気付いた山際は、彼女の顔を何度も拳で殴りつけた。男は抵抗出来なく 自分の性器を露出した山際は、日出子の両脚を押し開き、幼い陰部に全体重をかけてきた。彼女は苦痛 日出子の意識が無くなりそうになったところへ、ずぶ濡れの少女が現れて、山際に掴みかかった。レインコート 「日出子!日出子!・・・・」 美月の唇の動きから、姉が自分の名前を叫んでいることが日出子には分かった。 美月は携帯電話で誰かを呼ぼうとしたが、日出子がそれを制止した。 (大丈夫よ・・・ママにバレたら・・・あの子がまた捨てられちゃう・・・・) (今朝、ここの入り口を開けたら、あの犬が外に飛び出して逃げちゃったのよ・・・探したけど何処にもいないの 美月は自分の軽率な行動をいつまでも悔やみ、涙を流していた。 *********************************************************************************************** 翌日の早朝に雨は上がった。 美月は雨の中で犬を探し回ったせいもあって、朝になって高熱を出し、寝込んでしまった。 日出子はまだ股間に物を挟んでいるような違和感があり、片足を引きずるようにして歩いていた。その日は、 (立ち入り禁止の公園で何をやってるんだろう?) 日出子はしばらく眺めていた。そこへ、茂みの中から見覚えのある雑種の仔犬が現れて、空の後を追いかけて (私たちが飼おうとしていた子犬だ・・・) 日出子は足を引きずりながら丘陵の斜面を登っていった。公園の奥で空が焚き火をしている・・・一斗缶の中 日出子はランドセルからメモ帳を取り出すと「この子をどうするつもり?」と書いて、空に見せた。 空は日出子の焦っている様子を見て、微かに笑みを浮かべながら手話で答えて来た。 (殺したりしないわよ・・・・おとといの朝、道端で拾ったんだ。この子と一緒にね・・・・・) 空は一斗缶の中で燃えている犬の足を指差して言った。日出子は空の言っている意味がよく分からなかった。 (あれは、美月が仕掛けた「罠」だったんだ・・・最初から、犬なんていなかったのよ) 美月は全て見ていた・・・・学校でも、おばけ団地でも・・・・わざと危険な場所に誘い込んで、自分を見捨てた *********************************************************************************************** 森崎空は、うな垂れている日出子を無視して、公園の地面に幾何学的な図形を描いていた。 日出子が顔を上げた時、空は、黒い液体が入っている洗面器に、焼いた犬の骨を加えて丁寧にかき混ぜていた。 (・・・・・・・・・・・・・・・・何してるの?・・・) (不純物を分離してるのよ・・・少し時間がかかるわ) 空はバケツから数メートル離れた地面のサークルに、Y字型に作った木の枝を突き刺した。日出子も自分の周 空はバケツの蓋を開け、中に固定されているステンレスの板にリード線を繋ぎ、通電テスターのチェックを始めた。 (下がってて、不安定な影に取り憑かれるわ) と言った。日出子が自分のサークルに戻って観察していると、バケツから軟体動物のような黒い液体が這い出し 空が満足そうにY字の木の根元を眺めているので、日出子も近寄って地面を覗き込んだ。 サークルの中には小さな犬の影があった。 (あの子の「影」が再生したわ・・・成功よ) 目の前で起きている現象が理解出来ない日出子は、空に説明を求めた。空の話によると、動物の影には光の波長 (死者の影は生前の頃と同じように、意思は持ってないの・・・記録フィルムのように過去の行動をただ繰り返すだけ 日出子の近くで座っていた仔犬が死んだ仲間の影に気付いて走り出した。影も生き残った仔犬の後を追って離れよ (あの子たちは双子だったのよ・・・いつも一緒にいたから、影は、本当の自分の姿が分からなくなってるの・・・) 仔犬たちの影は何事も無かったかのようにじゃれ合っていた。日出子は、これらの現象の仕組みについて、ほとんど 日出子の目からポロポロと涙がこぼれ落ちた。彼女はいつまでも、仲の良い双子の影を見つめていた。
Chapter5へつづく INDEXへ戻る |